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「自分の砂場」(「広報わかくさ」掲載)

2020年03月30日

私は保護司を拝命して十六年になります。保護司とは、罪を犯して刑に服した人が、出所後社会で更生するためにサポートする役割です。その関係で以前、山形市の少年鑑別所を訪れる機会がありました。そこには、非行を犯した少年、少女が残した文章がありました。

〇「被害者のことを考え、自分のしたことはとても許されないことだと思いました。」
〇「自分を見つめ直し、考えや気持ちを整理することができました。」
〇「面会と手紙で、両親と冷静に話ができました。親の気持ちがよく分かりました。」
〇「早寝早起き、朝・昼・夕の食事をきちんととること、運動をすることは、とても大事なことだと思いました。」
〇「先生は真剣に話を聞いてくれました。」「僕は素直に話をすることができました。」「先生は僕を分かってくれました。」
〇「注意されることはとても有り難いことだと思いました。」
〇「家での生活は、本当は幸せだったのだなと感じました。」

 私はこれらの文章を読んで、「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ(ロバート・フルガム、河出文庫)という本のことが思い浮かびました。

『人間、どう生きるか、どのようにふるまい、どんな気持ちで日々を送ればいいか。本当に知っていなくてはならないことを、わたしは全部残らず幼稚園で教わった。人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、幼稚園の砂場に埋まっていたのである。わたしはそこで何を学んだろうか。
・何でもみんなで分け合うこと
・ずるをしないこと
・人をぶたないこと
・使ったものはかならずもとのところに戻すこと
・人のものに手をださないこと
・誰かを傷つけたら、ごめんなさい、と言うこと
・釣り合いのとれた生活をすること 毎日少し勉強し、少し考え、少し絵を描き、歌い、踊り、遊び、そして少し働くこと
・おもてに出るときは手をつないで、はなればなれにならないようにすること
・「不思議だな」と思う気持ちを大切にすること』

 非行を犯した少年、少女が一定期間少年鑑別所で過ごし、規則正しい生活を送ることによって徐々に自らを反省し、更生の道を歩んでいく。それは、新たに何かを学ぶということでなく、幼い頃、幼稚園(保育園)の砂場で遊ぶことで自然と会得していったことを、彼ら自身が思い出すことではないでしょうか。
 「砂場」という言葉を象徴的に使っていますが、遊びの楽しさ、喜びを存分に感じると共に、遊びのルールを知り、友達との関わりにおいて発生する様々なトラブルを経験することで、人格は形成されていく。「人間、どう生きるか、どのようにふるまい、どんな気持ちで日々を送ればいいか」を幼児期にすでに学んでいて、いくら年をとっても、後は原点であるそこに行きつく(戻る)。思春期になりすべてを否定してしまう少年、少女の心のどこかにも、「自分の砂場」は残っていて、そこからやり直していくのです。
 今春若草を巣立つ皆さんも、将来様々な葛藤を抱え、思い悩む日々が来るかもしれません。そんな時は、是非「自分の砂場」を思い出し、試練を乗り越えていってほしいと思います。

 卒園おめでとうございます。

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