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塀の中の宇宙

2012年12月09日

 11月29〜30日の2日間、曹洞宗保護司会の研修会が東京で行われました。保護司とは、法務大臣から委嘱されたボランティアで、保護観察官と協力して罪や非行を犯した人に対し、生活上の助言や就労の援助を行い、その更生を手助けする役割を持ちます。研修初日は、首都圏のある刑務所の視察でしたが、非常に印象に残りました。

 その刑務所は広大な敷地に建てられ、男性受刑者約千名が服役しております。刑期8年以上の初犯者(重罪初犯者)を収容する刑務所なのですが、驚くべきことに無期懲役が約半数を占めているのです。つまり、ここの服役者は、殺人などの凶悪な犯罪を犯した者が多く、10年、20年は当たり前、中には最長服役期間の50年と、私が生まれる前からここで生活している者も1名おりました。

 私達は彼らの独居房が並ぶ廊下に案内され、扉のガラス窓越しから、実際の彼らの日常生活の一端を垣間見ることができました。また、グランドで黙々と走っている姿や野球やサッカーに打ち込んでいる様子も間近で見ました。以前、別の刑務所を視察した時は、服役者の姿を遠くから眺める程度でしたが、今回のように一人一人の顔つきまで把握できるぐらいの距離での視察は初めてでした。その表情からは、凶悪な犯罪に手を染めたという事実は、全くうかがい知ることはできませんでした。

 当たり前なのですが、すべてが秩序立っていました。きちんと整理整頓された部屋、工場内での作業工程、そして何よりも、刑務官の指令に一糸乱れず行動する受刑者の姿。それらはもちろん、刑務官の日頃の厳しい指導、監視によって成り立っているものです。しかしただ厳しいだけでなく、時には彼らの悩みにも耳を傾けたりして、信頼を得ることも大切だということです。「威あって猛々しからず、親しみあって馴れず、ただ彼、人たるを知るべし」、この言葉が、刑務官の服役者に対する態度、心情なのでした。

 案内していただいた刑務官のかたが、ポツリと言いました。「受刑者は、この塀で囲まれた世界を『宇宙』だと考えるようになる」。「最初の4、5年は娑婆(シャバ)恋しさからなかなか落ち着かない。でもしばらく経つと、この世界が全てと思い、外の世界は存在しないと考える。そして彼らは、自分も含め、服役している者は全て路傍の石と考える」と。路傍の石…、どこにでも転がっていて、取るに足りない、皆同じで個性がない、そんなふうに考えるのだろうか。ここまで自分を客観視できるのか?

 思えば私は永平寺の修行中、初めは、この修行が終わる日を毎日指折り数えて逆算し、残りの期間の長さをとても恨めしく思ったものです(たった2年なのですが)。しかし、坐禅と法要と作務の繰り返しの日々を過ごすうちに、厳しいながらもその流れにそって生きていくことで、時間の流れを早く感じるようになりました。それはやはり、この修行にも終わりが来る、自分はいずれ娑婆に出られるのだという確信(と言うよりも希望)があったからだと思います(何しに修行に行ったのか…?)。

 一方、服役囚達が自らを路傍の石に例えるのは、獄中で途方もない期間を過ごさなければならない絶望感への自己防衛反応かもしれません。そこには希望はあるとは思えません。もちろん、自らが犯した罪を長い時間をかけてつぐなうのは当然だし、遺族にしてみれば、愛する人の命を奪った者が、この世で生きながらえている事自体が納得できないでしょう。私も、犯罪被害者、そしてその遺族の心情を思うと、軽々しく「更生」という言葉を出すのも忍びないです。

 しかし保護司という役割は、自らが受け持つ対象者が例えどんな罪を犯したとしても、社会に出てからの更生をサポートしなければいけません。今回の視察に参加した保護司は、ほとんどが私よりも年配の方々だったので、中にはこの刑務所の受刑者と長く交流(環境調整)している方もいました。いずれ仮釈放になった場合、身柄を受け入れる親族等との調整を図るのです。しかし、調整が最初からうまくいくのは稀で、受刑者との縁を切りたいと考える親族も多いのです。

 仮釈放になり社会に出ても、結局適応できず、また罪を犯して刑務所に戻ってくる者も少なからずいるのが現状です。刑務所の中で亡くなってもお骨が親族から引き取られず、共同墓地で密かに埋葬される場合も多いそうです。

 以前、獄中で自ら命を絶った受刑者がいました。まだ20代の若者だったそうですが、後日母親がお骨を引き取りに来ました。小さくなった息子の姿を見て、もちろん母親は涙を流しましたが、後でこんな心境も話してくれたそうです。「これまでは毎朝目が覚めるとまず考えるのは、息子が刑務所で過ごしているのだという事でした。これが何十年もずっと続くのだと思うとやりきれなくなる。でも、今は息子は骨になって自分の元に帰ってきた。朝目が覚めても刑務所に想いを馳せることもなくなる。それを思うと、ホッとしている自分がいます」と。犯罪者家族の苦しみも、計り知れないものがあると刑務官は話してくれました。
 
 私はこれまで窃盗や傷害、薬物などの犯罪歴の対象者を何人も保護観察してきましたが、この刑務所のような長期受刑者との接点はまだありません。「塀の中の宇宙」で路傍の石として存在する受刑者に対して、現実世界への帰還を円滑に進めることが、果たして可能なのか疑問に思うところもあります。

 しかし、全ての者が仏性を具えているとするならば、罪の軽重を問わず、その者の更生をサポートしていくことが、保護司の役割であることは間違いありません。今回の視察は、その役割と責任の重さをひしひしと感じる研修でありました。 

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