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当たり前への感謝

2011年07月30日

 「PTA会長の寝言」でも触れられていますが、夏季保育の2日目の朝の本堂のお参りの時、年長組のみんなに少しお話をしました。

 お父さん、お母さんに元気に「行ってきまーす!」と夏季保育に向かった子ども達。そして、無事楽しいイベントが終了し、「ただいま!」と父母のもとへ帰る風景。全く当たり前のことなのですが、3月11日の大震災は、そんな当たり前の日常をがらりと一変させてしまいました。
 当たり前のことが当たり前でなくなった時でないとなかなか実感できないものですが、私達が普通に生活を送れることのありがたさを、子ども達からも少しは理解してほしいと思いお話しました。

 木下晴弘さんという方が書いた『できる子にする「賢母の力」』 という本があるのですが、あとがきにこんなことが書いてあります。

 「2001年7月、ある花火大会で悲惨な事故が起こりました。あまりにも大勢の人が押しかけたために、歩道橋で群集雪崩が起こり、11人の方が亡くなられたのです。しかもその11人のうち9人が、10歳未満の子どもたちでした。

 それからずいぶんと月日が流れたある日、新聞の記事に当時その事故でお子さんを亡くしたお父さんの手記が掲載されていました。

 その日の朝、お父さんはお子さんと花火大会に行く約束をして会社に向かいました。しかし、あいにくとても仕事が忙しく、約束の時間に帰れそうにありませんでした。お父さんはお子さんに連絡を入れます。
 「遅れても必ず行く。だから先にみんなと行っていなさい。」
 そして、日が沈み、花火の時刻になりました。もうすぐ仕事が終わる。約束だから、早く行ってやらねば。そう思っていた矢先にお父さんに悲報が知らされたのです。

 お父さんは、何が起こったのか現実を受け入れられませんでした。呆然としながら、わが子が運び込まれた病院へと猛スピードで車を走らせます。そして彼は運転しながら自分を責め続けるのです。
 「俺が一緒にいてやったら助けてやれたはずだ!俺が約束を守っていたらあいつは死なずにすんだはずだ!俺が仕事を早く済ましていれば…俺が…」。
 涙があふれて止まらない。でも、どんなに泣いてもどんなに悔やんでも、もう子供は戻ってこないのです。

 「行ってきます!」と家を出たお子さんが、必ず「ただいま!」と帰って来られる保証など、どこにもありません。 
 「おやすみ」と言った人に、「おはよう」と言える保証はどこにもないのです。
 もし、あなたと、あなたの大切な家族が今日を元気で生きているのなら、こんなに幸せなことはありません。

 だから、多少のことならお子さんを許してあげてください。
 そして多少のことなら自分自身を許してあげてください。
 いずれ、巣立ちは必ずやってきます。
 ならばせめてそのときまで、ともに出会えたことに感謝し、ともに人生を歩めることに感謝し、その一瞬一瞬を輝いて生きてゆこうではありませんか。

 人間は、一人では生きていけません。母親として、父親として生きている以上、あなたは一人ではありません。どうぞ安心してください。
(『できる子にする「賢母の力」』 著:木下晴弘 出版:PHP研究所)

 私は、死は決して終わりでないことを理解しており、愛する者同士が永遠に離れることはないと思っています。しかし、たとえ故人が役割を果たして本来の世界に帰っていき、いずれまた再会できるとわかっていても、今生での突然の別れは、身につまされるつらさがあるでしょう。
 誰もが生と死を繰り返し、一つ一つの生では必ず出会いと別れがあることを自覚しながら、普段から当たり前であることへの感謝の気持ちを持ちながら生きていくことの大切さを、この頃強く感じます。 

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