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「想定外」を生き抜く力

2011年07月04日

 先日、山形県の私立幼稚園の設置者、園長研修会が開催されたのですが、その中の研修の一つで「幼稚園おける危機管理」というテーマでパネルディスカッションが行われ、私もパネリストの1人として参加しました。
 私は、被災地の幼稚園で園児が犠牲になったケースを取り上げ(話をするのも大変痛ましかったのですが)、今後の地震、津波への教訓として生かしていけるように各園長先生方にお話ししました。
 その中で、片田敏孝群馬大教授の「『想定外』を生き抜く力」(月刊「WEDGE」5月号掲載)について簡単に報告したのですが、大変印象に残る記事だったので、こちらで詳しく紹介したいと思います。

 岩手県釜石市では、市内の小中学生、ほぼ全員が津波の難を逃れました。生存率は何と99.8パーセント。他の被災地に比べ大変高い割合を示しています。多くの人たちは、これを「奇跡」と呼びました。しかし、そうではなかったのです。「教育」で子どもたちが身につけた対応力が、「想定外」を乗り越えさせたのです。

(以下記事より抜粋)「釜石市の鵜住居(うのすまい)地区にある釜石東中学校。地震が起きると、壊れてしまった校内放送など聞かずとも、生徒たちは自主的に校庭を駆け抜け、「津波が来るぞ」と叫びながら避難所に指定されていた「ございしょの里」まで移動した。日頃から一緒に避難する訓練を重ねていた、隣接する鵜住居小学校の小学生たちも、後に続いた。
 ところが、避難場所の裏手は崖が崩れそうになっていたため、男子生徒がさらに高台へ移ることを提案し、避難した。来た道を振り向くと、津波によって空には、もうもうと土煙が立っていた。その間、幼稚園から逃げてきた幼児たちと遭遇し、ある者は小学生の手を引き、ある者は幼児が乗るベビーカーを押して走った。間もなく、ございしょの里は波にさらわれた。間一髪で高台にたどり着いて事なきを得た。
 釜石市街の港近くにある釜石小学校では学期末の短縮授業だったため、地震発生の瞬間はほとんどの児童が学校外にいた。だが、ここでも児童全員が津波から生き残ることができた。
 ある小学1年生の男児は、地震発生時に自宅に1人でいたが、学校で教えられていた通り、避難所まで自力で避難した。また、小学6年生の男児は、2年生の弟と2人で自宅にいた。「逃げようよ」という弟をなだめ、自宅の3階まで上り難を逃れた。授業で見たVTRを思い出したからだ。既に自宅周辺は数十センチの水量で、大人でも歩行が困難になっており、自分たちではとても無理だと判断した。彼らは、自分たちの身を自ら守ったのである」(以上記事より抜粋)

 三陸地方は歴史的に津波の災害が多いところで、古くから津波に対する対策が取られてきました。過去に多くの死者を出した経験から、高くて長い防潮堤が何十年もかけて造られました。その後大きな津波の被害がなかったことから、住民はいつの間にか、津波警報が発令されても、結果として「到来した津波は数十センチ」という繰り返しに慣れてしまい、「本当に津波が来たときには、指示された避難所に行けばよい」と思う人が多くなり、さらには「それでも、堤防があるから大丈夫」という油断が生まれていきました。(結果的に、防潮堤は今回の津波では役に立たなかったわけですが)。

 片田教授は、8年前よりこの地で防災教育を行ってきました。しかし最初の頃は、先に挙げた理由で防災教育に無関心な人が多かったそうです。
 そこで教授は、子ども達にアンケートをとる作戦を考えました。
 「家に1人でいるとき大きな地震が発生しました。あなたならどうしますか?」と質問したところ、ほとんどの回答は、「お母さんに電話する」「親が帰って来るまで家で待つ」というものだったのです。教授はそのアンケート用紙に、「子どもの回答をご覧になって、津波が起きた時に、あなたのお子さんの命は助かると思いますか?」という質問文を添付し、子どもたちに、家に帰ってから親に見せるように指示しました。効果はてきめんで、「我が子のためなら」という思いが、大人達を動かしました。保護者の多大な協力で、子ども達への防災教育が始まりました。

(以下記事より抜粋)「授業では、津波に対するリアリティーを持ってもらうことを最初の目的にした。祖父母から津波の話を聞いているが、自分の身に降りかかる出来事とは思っていなかったからだ。まずは、過去の津波で犠牲になった4041人という数字、そして亡くなった方を遠目に写した白黒の写真など具体的な資料を見せた。さらに、地震発生から逃げる時間が早ければ早いほど死者が減少するというシミュレーション動画を見せるなど視覚的に訴えた。こういった工夫を重ねることで、それまで他人事と思っていた子どもたちの目つきが変わり、授業の中身に真剣に耳を傾けるようになった。
 子どもたちには、津波の恐ろしさや特徴だけでなく、実際に避難する際の注意点を教えた。特に重点をおいたのは、その時にできる最善を尽くせということだ。津波は毎回その形を変えて襲ってくる。地震の直後において、どんな津波なのかはわからない。ハザードマップに示された津波より大きいかもしれないし、小さいかもしれない。しかし、どんな津波であっても気にする必要はなく、できることは、その時にでき得る最善の避難をすれば良いということだ。
こうして彼等なりの最善策を探る取り組みが始まった。具体的には、地図に自宅と通学路を書き入れ、避難場所に印をつけて、自分だけの津波避難場所マップを作成させた。マップには、地震が起きたらすぐに行動すること、とにかく高いところへ行くこと、津波は川をかけ上がって内陸部の低い場所にも到達するので海から遠いといって安心しないこと、一度高いところに避難したら降りてこないことなどを記した。
(中略・・・)
 防災教育の総仕上げとして子どもや親に教えたことは、端的に言うと「ハザードマップを信じるな」ということだ。ハザードマップには、最新の科学の知見を反映させた津波到達地点や、安全な場所が記されているが、これはあくまでシナリオにすぎない。最後は、自分で状況を判断し、行動することの大切さを伝えたかった。そうは言っても、子どもたちには不安が残る。だから、どんな津波が来ても助かる方法があると伝えた。それが逃げることだ。
 もう一つは、自分の命に責任を持つことだ。三陸地方には、「津波てんでんこ」という昔話が伝えられている。地震があったら、家族のことさえ気にせず、てんでばらばらに、自分の命を守るために1人ですぐ避難し、一家全滅・共倒れを防げという教訓である。私はそこから一歩踏み込み、子どもに対しては「これだけ訓練・準備をしたので、自分は絶対に逃げると親に伝えなさい」と話した。親に対しては子どもの心配をするなと言っても無理なので、むしろ、「子どもを信頼して、まずは逃げてほしい」と伝えた。(以上記事より抜粋)

 今回の大震災に対しては、政府はもちろん、我々市民も、「想定外」という言葉を口にしてしまいます。しかし、災害に対しては、「想定内」は存在しないことも痛感したのではないでしょうか。
 防潮堤などの「ハード」は、予想される災害の被害を想定しますが、それ以上の被害に対しては無力です。しかし、災害に対する対応力(ソフト)は、教育しだいで、想定を超えるものに対しても、最善を尽くすことで乗り越えることができるのです。
 片田教授の地道な取り組みは、生きていく上での教育の重要性を、文字通り証明した結果になりました。 

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