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「守屋さんの思い出と娘さんの夢」 (リレーブログ5/26より)

2016年10月05日

今日のブログは園長です。昨日25日付けの山形新聞の庄内版のコラム「20年後のぼく・わたし」に、卒園生の守屋はなさんの文が掲載されていました。彼女の将来の夢は、お父さんのようにイタリア料理店のシェフになることなのですね。はなさんの父、剛さんは昨年の6月、病気で亡くなりました。享年45歳の旅立ちでした(奥さんより実名掲載の許可をいただきました)。

守屋さんの病気がわかったのは、はなさんがまだ幼稚園の時でした。当時、御自身がオーナーシェフとして切り盛りしていたダイニングバー「メリメロ」(中町)は、大変評判が良く、私もよく園の保護者達と一緒に訪れたものです。彼が作る料理に舌鼓を打ちながら、美味しいお酒をいただきました。はなさんが記事に書いている通り、いつも笑顔で接してくれる温かな人柄でした。また、物事の本質を的確に捉える聡明さも合わせ持っている方でした。証券会社を退社し料理人の世界に飛び込み、一から修行して自分の店を持つまでには大変な御苦労があったと思います。でもそんなそぶりは全然見せず、ユーモア溢れる話題で皆を楽しませてくれました。

せっかく自分の店を持ち繁盛していたのに、病気のため閉店しなければならなくなった守屋さん、辛くて断腸の思いであったことでしょう。でも彼は前を見据え、病気に対してもきちんと向き合っていました。奥様のサポートもとても献身的でありました。旦那さんの看護に子育てにと、本当に大変だったと思いますが、常に笑顔を絶やさず一生懸命な姿が印象的でした。

はなさんが年長組になった時に、守屋さんは私にこう言いました。「園長先生、自分が動けるうちに、娘の姿をこの目でできるだけ見ておきたい。なので、園の行事に可能な限り参加させてほしいのです」。もちろん大賛成です。当時治療のため入退院を繰り返しながらも、体調が落ち着いている時はよく園に来て、年長園児のためにスナップ写真を撮っていただきました。また、お父さん先生として様々な行事にもお手伝いいただきました。恒例の創立記念パーティの「若草の祭典」では、うぐいす組の余興「白鳥の湖」の演出をし、本番では抱腹絶倒、大喝采を浴びていました(守屋さん本人は体調不良で参加することができませんでしたが)。

そして、はなさんの卒園から5年が過ぎた昨年6月29日、彼は逝きました。彼の人徳で大勢の方々が葬儀に参列され、当時幼稚園で親交を深めた保護者の皆さんも、沢山見送りに来てくれました。早すぎる死、悲運だと人は思うかもしれませんが、私は、彼は今生での役割を終え、本来の世界に戻っていったのだと思います。家族に深い愛情を残して。

はなさんの文章に、園児の時にお店で働く父親の姿を見て、「かっこいい」と思ったことが書いてありました。生前のお父さんの「できるだけ娘の姿をこの目で見ておきたい」という思いの期間は、逆に娘からも、父の姿をしっかりと見ることができた期間だったのだと思います。だからはなさんの夢は、父のようなシェフになることなのでしょう。家族が幸せな気持ちになってほしいと願うはなさん、夢の実現を目指して頑張ってほしいと思います。

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