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「しゃぼん玉」と「七つの子」

2016年01月27日

16日の私立幼稚園PTA連合会の研修会の講師は、備前音楽スタジオ主催の備前加奈さんで、『歌で育む親子の絆「童謡が教えてくれる情愛」』というテーマでお話していただきました。講演の詳細は、1/22にフェイスブックにUPしたM先生の「ばら組クラス通信」を見ていただきたいと思います。
 お話の中で備前さんは、野口雨情の童謡「しゃぼん玉」と「七つの子」に言及されていました。私も以前、この2つの曲に込められた思いを知り、7年前に「園長のつぶやき」に書きました。今回改めて掲載させていただきます。

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「檀家さんの中で、ご先祖の多いお宅で読経していると、気付くことがよくあります。それは、「童子」や「童女」、「孩児」や「孩女」、「嬰児」や「嬰女」などの幼くして亡くなった子どもの戒名が、昔の位牌や過去帖(戒名を羅列したもの)に多く見受けられることです。

医学が今のように発達しておらず、食糧事情も悪かった時代は、病気で亡くなる子どもが沢山いました。発展途上国は、現代でも子どもの死亡率は大変高いです。日本は今はとても恵まれていることを実感しますが、普段何気なく口ずさむ童謡の中にも、当時の幼子に対する想いを綴った歌があります。

「しゃぼん玉飛んだ 屋根まで飛んだ 屋根まで飛んで こわれて消えた
しゃぼん玉消えた 飛ばずに消えた 生まれてすぐに こわれて消えた
風 風 吹くな しゃぼん玉飛ばそ 風 風 吹くな しゃぼん玉飛ばそ」

園児がしゃぼん玉を飛ばしている所を見ると、この歌がすぐ心に浮かびます。この童謡の作者の野口雨情は、我が子を2人病気で亡くしており、長女のみどりは生まれて8日目、次女の恒子は満2歳で亡くなっています。まさにしゃぼん玉のように、生まれてすぐに、飛ぶ前にはかなく逝ってしまいました。「風 風 吹くな しゃぼん玉飛ばそ」は、我が子に対する切ない想いが込められてるのですね。

もう一つ、同じ野口雨情の童謡で、おなじみの「七つの子」があります。

「烏なぜ啼くの 烏は山に 可愛七つの子があるからよ
可愛可愛と 烏は啼くの 可愛可愛と 啼くんだよ
山の古巣へ いって見て御覧 丸い目をした いい子だよ」

カラスは普通3~5個の卵を産み、全部が孵ることはないそうなので、7羽の子ども説は否定されます。また、カラスの平均寿命は5~7年ですが、厳しい自然の中でその大半は育ちません。よって、7才のカラス説も成り立たないそうです。では、この「七つ」とは一体なんの事なのでしょうか?

人間に換算して七つだ、という意味であるという説が有力だそうです。雨情はこの「七つの子」を人間の7才の子にだぶらせて書いたとも言われています。「七つの子」には七五三の行事でも見られるように、子どもの成長の節目としての3才、5才、7才という段階があり、生まれても幼いうちに命を失うことの多かった時代に、3才まで、5才まで、と無事に育って、ここまで育てば一つの安心となる7才になったその象徴としての「七つの子」という言葉ではないか、という説です。幼くして我が子を亡くした雨情にとっては、まさに心からの願いとしてこの歌を作ったのかもしれません。

しゃぼん玉は、こわれて消えればそれでおしまいですが、人間の命は違います。たとえこの世に生を受けすぐに逝ったとしても、肉親から受けた、あるいは肉親に与えた愛情や慈悲の心は、いつまでも残り続けるのでしょう。だからこそ雨情はその想いを歌に託し、その歌に共感した人々がその想いを伝えていく。短い命だったとしても、こんなふうに命の役割は果たされていくのだと思います。

檀家さん宅の仏壇の中の古い小さな位牌、もしかして今はその存在の記憶は子孫には残っていないかもしれませんが、この世に生を受けた証しとしての何らかの想いは、代々その家に伝わっているのだろうと思います。 」

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