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お茶しませんか

2013年07月24日

(フェイスブック-7/23-より転載 )

 昨日22日は幼稚園の1学期終業式だったのですが、教頭先生に式のことはお願いして、私は南三陸の仮設住宅へ行茶、傾聴活動に行ってきました。庄内の曹洞宗の若手僧侶達が、震災直後から現地でボランティア活動を行っており、2年以上が経過した今でも、毎月被災地へ赴き、住民の方々と交流を深めています。私は若手ではありませんが、彼らの情熱、行動力には素直に頭が下がり、自分も時々仲間に入れてもらっています。

 今回は南三陸の歌津地区の6ヶ所の仮設住宅を、3班(計11名)に分かれ、午前と午後そ…れぞれ訪問してきました。お坊さんだけでなく、寺族の会(お寺の奥さん達の組織)の方々も一緒だったので、前回私が参加した時よりも華やいだ雰囲でした。
 行茶とは、仮設住宅の皆さんにお茶やお菓子をふるまうことで、そこで皆さんの話し相手になることが傾聴です。集会所に10名前後の方々から集まっていただき、和やかな雰囲気の中で世間話をしました。寺族の皆さんが持参したナスやきゅうりの漬物が好評で、そのせいか地元の野菜談義に花が咲きました。私も畑の話は得意分野なので、傾聴でなく自分が率先してしゃべってしまったようでした(笑)。

 津波に関しては、皆さん淡々と話していました。印象的だったのは、90代のお婆さんの話でした。過去において2度の津波(1933年の三陸津波、1960年のチリ地震後の津波)を経験したことで、「大きい地震の後には必ず津波は来る、ゆれが治まっても絶対に戻ってはだめだ」という教訓を守ったそうです。しかし多くの住民が、地震と津波の間のタイムラグを軽視して、自宅に戻り犠牲になってしまったということでした。長い人生で「経験がものを言う」ということをまざまざと感じました。
 また、逃げる時に何を一番に持っていったかという話に、年配の方々は、財産よりも亡き夫(妻)の位牌だったと答えていました。夫の位牌を置いてきてしまったご婦人は、「今でもそれが悔やまれる」としみじみ話していました。形はなくても、自分が一番心を寄せた存在の証が、何よりも大切なのです。震災から2年以上が過ぎ、皆さん淡々と話す姿から、身内を亡くした悲しみを乗り越えつつあるのかと思いました。しかし、以前に訪問した際(私は参加せず)、一人のお坊さんが御詠歌を唱えた時、その詩と調べに、その場にいた住民の方々は号泣したそうです。

 最近は、新たな居住地に移る人も出てきて、去る人、残る人それぞれの葛藤もあり、仮設住宅のコミュニティの存続も問われています。また、雇用の確保や老後の生活の不安等、様々な問題を抱えているのが被災地の皆さんの現状です。
 私自身は中途半端な関わりしかできませんが、今後も、できる範囲で活動を続けていきたいと思います。庄内の若手僧侶のこれまでの活動に敬意を表すると共に、活動の一端も紹介させていただきます。もし良かったら下記をのぞいてください。
http://blog.goo.ne.jp/sugarsoul44822

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