山形県 酒田の幼稚園『若草幼稚園』です。
園内の様子や入園のご案内の情報をご紹介します。

幼稚園 〒998-0037 山形県酒田市日吉町1-4-34
TEL 0234-22-2132 FAX 0234-22-9740

ベビールーム 〒998-0062 山形県酒田市北新町1-1-58
TEL 0234-25-5191 FAX 0234-25-5192

前園長ブログ

カテゴリー: 日記

うさぎの春まつりへの参加、ありがとうございました

2008.05.24

 24日のうさぎの春まつりに参加していただき、どうもありがとうございました。
 このイベントを通して、たくさんの子ども達と会うことができるのが私の楽しみであります。特に最後の「勇気100%」の踊り、数年前は踊るのが恥ずかしかったのですが、この曲の元気が出る歌詞や曲調のおかげで、今ではみんなと一緒に踊るのが最高に楽しいです。年々確実に年を取りますが、子ども達のおかげで、気力、体力共に充実しております。その度が過ぎ、6月の「トライアスロンおしんレース」にも、お父さん達と一緒に出場しています。やりすぎだと言われますが・・・・
 次回の夏まつりもお待ちしております。また一緒に踊りましょう!

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幼少期の記憶(広報第3号)

2008.03.22

 保護者の皆さんは、自分が幼稚園や保育園で遊んでいた頃の記憶を、どれぐらい覚えていますか?

 いろいろな方によく聞くのですが、答えは千差万別です。幼稚園での行事や友達や先生の名前など、細部にわたって記憶している人もいれば、幼稚園に通っていた記憶はあるけど、中身は全く覚えていないという人もいます。詳しくは思い出せないけど断片的に覚えている、というのが一般的かもしれません。ちなみに、若草幼稚園の記憶で一番多いのが、「(昔あった)大きな池で遊んだこと」です。

 退行催眠という言葉があります。これは、精神的不安を抱えている人に対して、セラピスト等が催眠をかけ、その人の不安の原因となったものを探るため、記憶を幼少期まで遡らせたりすることを言います。営利目的のいかがわしいものも中にはありますが、精神医学や心理学できちんと認められている分野です。

 それによると、(催眠にかかった)多くの人が、心の片隅に眠っていた幼少期の記憶を思い出します。人間の心の中には顕在意識と潜在意識があり、普段考えていることは顕在意識から来るものであるが、潜在意識にはすでに忘れ去られた(と思い込んでいた)記憶がすべて保存されているということです。催眠によって自らの潜在意識にアクセスし、幼少期の記憶が鮮明によみがえることによって、トラウマとなっていた不安や恐れの原因が見つかり、精神的安定を取り戻すことも珍しくありません。

 これは、幼少期に受けた心理的なダメージを探り出し、解消することの事例ですが、逆もあります。思春期の真っ只中で非行に走ってしまった少年が、幼少期の思い出、例えば幼稚園で友達と存分に遊んだ記憶、優しかった先生の記憶、そして何よりも保護者から愛情いっぱいに育てられた記憶、こういった懐かしくかけがえのない記憶を思い出すことによって、踏みとどまり、更生していくこともあるのです。

何も催眠という方法を使わなくても、幼少期の「人からたくさんの愛情を受けて育った」記憶は、必ず心のどこかに残り、いざという時に強力な武器となって現れることがありえるのです。

 卒園生達は、この先の小学校生活を、期待で胸をふくらませて待っていることでしょう。これから出会う友達、または勉強や運動など新しいことを次々と経験していくため、幼稚園での記憶は徐々に薄まっていくことになるでしょう。それでいいのです。今は後ろを振り返る時期ではありません。

 でも、将来何か壁にぶつかった時、幼かった頃の記憶、この若草幼稚園の記憶を少しでも思い出して、次に進むステップとして踏み出していってくれれば、先生達にとってこんな嬉しいことはありません。

 卒園おめでとう。

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早朝カマクラ&雪だるま

2008.03.10

 今年の大雪は、大人にはうんざりさせられましたが、園児にとっては雪遊びができる絶好の機会でした。
 私も雪遊びは大好きで、できれば大きいカマクラや雪だるまを作って、子ども達の喜ぶ顔が見たいと思っていました。でも、私と園児だけではいくらがんばっても、大きさはたかが知れています。

 そこで思い立ったのが、保護者を集めての早朝雪作業です。早起きが得意で、雪遊びが好きなお父さんを集めようと思いましたが、集合時間は朝の五時半。二、三人来てくれれば御の字かなと思っていました。ところがふたを開けてみれば、十名以上のお父さんが集合!嬉しい誤算でした。

 カマクラ作りは一月十七日、雪だるま作りは二月十五日に行いましたが、まだ空は真っ暗で、かすかな雪明かりの中、誰のお父さんかよく分からないまま作業はスタート。みんな一生懸命雪を集め、積み重ねていってくれました。、朝五時半のスタートから約一時間、空も明るくなり、やっとみんなの顔が判別できるようになった頃、無事にカマクラ、雪だるまは完成しました。その日登園してきた子ども達は大喜び。さっそくカマクラの中に入ったり、頂上に登ったり、雪だるまを見ては、自分達でも子分のミニだるまを作ったりと、存分に楽しみました。

 早朝雪作業なんて無謀なことをしていると自分でも思いますが、自分が胸弾むようなことを保護者と共有したい、子ども達にも喜んでもらいたいと思う気持ちがある限り、また体がムズムズして、とんでもない提案をするかもしれません。その時は、よろしくお願いします。

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宮本警部が遺したもの

2008.03.05

 先日、高校時代の同級生から連絡があり、二月十五日に放映される「千の風になってドラマスペシャル『死ぬんじゃない!~実録ドラマ・宮本警部が遺したもの~』を見てほしいという依頼がありました。
 そのドラマは、昨年二月六日、東武東上線ときわ台駅の踏切で、交番勤務の宮本邦彦警部(事故当時・巡査部長)が、踏切自殺を図った女性を救うために、線路に飛び込み亡くなった事故を再現したものでした。連絡してきた同級生(女性)は、偶然にも事故の直前にお子さんと一緒に交番にいて、宮本警部から自転車の鍵を直してもらっていたそうで、事故の一部始終を目撃していました。ドラマでは、事故の前後を綿密な取材の元忠実に再現しており、主演の三宅裕司も役作りのため、同級生親子にまで詳しく話を聞いていったとのことでした。
 運動音痴で、下りのエスカレーターにもうまく乗れないほど不器用だった(奥さん談)宮本さんは、警察学校時代の同僚が刑事にあこがれを抱く中、「交番の駐在になる」ことが夢だったそうで、実際に駐在勤務になってからは、正義感と人とのつながりを何よりも大切にしました。
 平成十七年、最後の勤務地となった「常盤台交番」に配属し、事故現場となった踏切近くで、朝夕、子供たちの安全を見届け、学校の行き帰りには必ず声をかけていた…、お年寄りの手をとって丁寧に道を案内していた…、刑務所から出所したばかりの人を親身になってお世話した…、商店街の人たちからも「頼れるおまわりさん」と慕われた…、ドラマでは、実際にあった数多くのエピソードが紹介されました。
 この交番での宮本さんの仕事ぶりがどれほどのものだったかは、交番の中には収まりきらないほどの千羽鶴が届けられたことが証明していました。都会の駅前交番…今、これだけ多くの町の人々に、名前まで覚えられている「おまわりさん」は、どれほどいるのでしょうか。事故について、「あの人なら…」(助けようとしたのも理解できる)、町の人々はそう語っていました。そして、「あの人こそ…」(生きていてほしかった)、とも。
 同級生によると、宮本警部を偲び、彼の生き方を後世に伝える機会を作ったり、絵本にしたりという、周辺住民の動きがあるそうです。もちろん警察全体にも影響を与えているようです。
 人に対する一つ一つの小さな思いやりや親切が、うねりとなって人を動かし、大きいものになっていくのですね。
 ニュースとして事故や事件を見聞きする機会は多くありますが、どこか他人事のように思い、だんだん風化していってしまいます。しかし今回の事故のように、それに至る過程が再現され、また、同級生が居合わせた事実を考えただけでも、私にはとても身近な出来事として感じ、彼の行動や思いを自分に置き換えてみたりもしました。子どもやお年寄りと接する機会は、彼と同じく自分も仕事柄多々ありますが、本当に思いやりを持って接しているのかと反省させられました。
 幼稚園の子ども達は、今はテレビに出てくるヒーロー達に夢中です。敵をバッタバッタとなぎ倒していくスーパーヒーロー達です。でも本当のヒーローとは、不器用でもいい、カッコよくなくてもいい、一つ一つの思いやりを人に与えていく人なんだということを、子ども達もいずれわかる時が来るのではないかと思います。

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かけがえのない記憶(GTA会報)

2007.12.30

 僧侶の私は、檀家さん宅にお経を読みに行き、年配の方々とお話することがよくあります。伺った先の家族構成として、お孫さんと同居している三世代家族の他に、祖父母だけ、あるいは伴侶が亡くなり一人暮らしをしておられる方も少なくありません。
 そんな方々とお孫さんの話をすると、皆さん目を細めていろいろ語ってくれます。
 「孫達がうちに遊びに来てくれるのが、いつも待ち遠しい」、「可愛い孫から『おばあちゃん』と呼ばれるだけで、本当に嬉しい気持ちになる」。
 お孫さんが大きくなってくると、「昔はしょっちゅう遊びに来てたけど、中学ぐらいから部活動だの何だのって忙しくなって、今はお年玉もらいに来るぐらいだな」と笑って話されます。
 小さくて可愛くて何でも頼ってくれた孫たちが、たくましく成長していくことに頼もしさを感じながらも、次第にじいちゃん、ばあちゃん離れしていくようで、一抹の寂しさも感じてしまうのでしょうね。
 子どもは成長するにつれて出会う人も多くなり、変化や刺激に富んだ生活になっていきます。逆に年配の方々は、世事から離れ、安定し、精神的に深みを増していくような人生を送るようになる。両者の接点が、少しずつずれていくのも仕方のないことかもしれません。
 でも、その両者の距離が、ぐっと近いものに感じる機会が最近多くなりました。僧侶として参列する葬儀において、亡くなった祖父母に対して孫が弔辞を送ることが増えてきたのです。(現役バリバリの皆さんの会報において、このような事を書いて申し訳ありません)
 その弔辞の中心を占めるのが、孫が幼かった時に祖父母から受けた愛情の記憶です。無条件に可愛がってもらった事、一緒に遊んでくれた事、一生懸命お世話してくれた事、当時は当たり前のようで感謝の言葉もなかったけど、今振り返ると、どんなにかけがえのない事だったかを切々と述べています。じいちゃん、ばあちゃん離れしていたはずの孫の心に、しっかりと刻み込まれているのですね。
 たとえ弔辞にして口には出さなくとも、旅立ちの場で、孫が祖父母に対して持つ思いは共通しているのではないでしょうか。
 そして、亡くなった祖父母の方も、孫に対する愛情は昔も今も変わらないように、自分への温かい気持ちを表す孫に対して、目を細めてその思いを感じながら、彼岸へ渡っていくのだろうと思います。

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すくすく畑天地返し

2007.12.20

 天地返しとは、寒さの厳しい時期に、土の表層と深層を入れ替えることです。これによって、土の中の病原菌を死滅させたり、雑草の宿根を寒さにあてて、春に生えてくる雑草を抑える効果があります。
 お父さん達十数名から集まっていただき、天地返しがスタートしました。一列目を掘ったら、二列目の土を順番に入れていき、深い所にあった土を表面に出していく工程です。かなりの重労働でしたが、皆さんスコップで一生懸命穴を掘って作業を進めていただきました。おかげで、短時間で畑全面の天地返しが完了しました。お父さん達汗びっしょりです。
 天地返しが早く終了したので、堆肥の切り返し作業に移りました。皆さん、「聞いてないよー」と言いたげな表情です。堆肥作業は、それだけ心の準備が必要なのです。匂いを付けて帰ったら、奥さんの雷が落ちるからだと思います。そこを無理にお願いして作業を始めました。シートを開けたとたん、湯気がモクモクと上がりました。すごい発酵熱です。五十~七十度に達する熱さです。三ヶ月経過してもこれだけ発酵が進んでいたのが驚きでした。実は混ぜる肥料を前回変更したのですが、これが功を奏したのでしょう。微生物の活動が去年より活発になっている証拠です。これならば、今まで以上の良質な堆肥が出来そうです。
 私は、堆肥作業歴四年ですでに発酵の独特な香りに慣れっこになっており、むしろあの酸味がかった匂いが好きです。この香りが、美味しい野菜の基になるのですから。是非保護者の皆さんにも、この香りを広めていきたいと思っております。(無理かな!?)
 皆さんのご協力で、堆肥作業もあっという間に終えることができました。 「すくすく畑二〇〇七」今年も豊作でした。
ありがとうございました!

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恐山参拝(寺報『境内と園庭』冬号)

2007.12.05

 九月三十日~十月二日まで、檀信徒の皆さんと共に、青森県の霊場恐山参拝に行ってきました。私にとっても初めての恐山でありましたので、とても感慨深いものがありました。
 今回の参拝旅行の詳細に関しては、今号の特集で他の方々より紹介されているのでそちらに譲るとして、恐山を散策した印象を記したいと思います。
 二日目の早朝、一人で恐山の岩場を歩きました。あたり一面霧がたち込め視界がかなり悪く、硫黄ガスの香りが充満する中を歩いていると、自分が本当に地獄に迷い込んだような気がしました。それはあたかも、持地院で八月に行われる森の山まつりで飾られる「地獄の絵」の掛軸を、現実に再現したような世界でした。実際に三途の川や血の池地獄、重罪地獄等々八大地獄の名称が存在するのです。
 しかし、恐山を恐山たらしめているのは、それらの地獄でなく、やはり「賽の河原」の存在だと思います。地獄の絵の掛軸にも大きく描かれていますが、親より先に亡くなった子ども達が、この世でできなかった親孝行や積めなかった功徳の代わりに、「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため~」と石を積み上げて仏様に供養して、その功徳を両親に回向しようとする。ところが、石が積みあがって山になると、鬼が現れてその石の山を蹴散らし、崩してしまう。すると、子供らは泣く泣く、最初から積みなおす。「賽の河原の石積み」が報われない努力の喩えに使われるのは、この物語に由来します。
 ここ恐山の賽の河原にも、幾重にも積まれた石があちこちに点在し、幼子が着るような服、お菓子、風車等が置かれているのでした。我が子を亡くした親達が、ここに来ては石を積み、お供えしていくのです。夏の大祭では、おもちゃの象徴として無数の風車が並ぶそうです。
 前夜、宿坊の吉祥閣で夕食の後に行われた、南直哉住職による法話が心に残りました。偶然にも彼は、私が永平寺で修行してた頃にお世話になった方で、十数年ぶりの再会でした。
 「恐山の岩場を歩くと、あちこちに草が結んである。これは、積んだ石を崩しにくる鬼達を怖がって子どもが逃げる、それを追いかける鬼を転ばそうとして、親が結ぶのです。また、樹木の枝にはたくさんのタオルが掛けてある。これも、故人が汗を拭けるように遺族が掛けていくのです。恐山の岩場のあちこちに積み上げられた石の中には、文字の書いてあるものがあります。多くが人の名前や戒名なのですが、あるとき、こう書いてある石を見ました。「もう一度会いたい」。この気持ちの中に死者はいる。恐山は、それが純粋に、なんら飾ることなく表れるところなのです。」
  モヤモヤした地獄の中をしばらく歩いていくと、霧の向こうに突然視界が開け、広い湖が現れました。そこが極楽浜でした。まさに「地獄の絵」の掛軸で、地蔵菩薩が子ども達を救いに現れる場面、その通りの風景がここ恐山に存在していたのでした。「賽の河原の石積み」は、最後には報われ、子ども達は平和な彼岸に渡ることができるのです。 
 法話の終わりに、南住職が修行僧時代に、永平寺のある老師から「人は死んだらどこに行くのか知っているか」と問われた話をしました。老師はこのように答えたそうです。「人は死んだら愛する人の元に行くのだ」と。
 先に亡くなった愛する人から導かれ、人は今日も恐山を訪れるのでしょう。 
 最後になりましたが、今回の参拝旅行の企画、段取り等をしていただいた護持会事務局の方々、細やかな気配りでお世話していただいたBS観光添乗員の大類さんに深く感謝申し上げます。

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夏季保育(寺報『境内と園庭』秋号)

2007.09.10

 雨のため加茂水族館に行ってきましたが、みんなで見る楽しさを味わえたのではないかと思います。「この魚でっかいなあ!」とか「この模様不思議ね」、「どうしてじっとしてるんだろうね」などと、魚の神秘に触れながら、友達との会話を楽しんでいる雰囲気が伝わってきました。クラゲの鮮やかさには素直に感動し、アシカショーでは感嘆の声の連続でした。
 市営体育館で美味しいお弁当を食べ(さやちゃんの「ゲゲゲの鬼太郎弁当」にビックリ!、さすが!)、園長得意の「へっこきよめ」の紙芝居で笑わせた後は、広いスペースを存分に使ってのサッカー。お兄さん先生として同行していたデンマーク人のクリストファー君とその友達の山田君は、共にサッカー部出身ということで華麗な技術を見せてくれました。接戦の末にかなりやが勝利しました。スイカ割りで盛り上がりは最高潮に達し、何度叩いても割れなかったスイカを、園長の特権で最後に割らせてもらい、喝采を浴びて大変いい思いをさせていただきました。
 園に戻ってからはすくすく畑での収穫です。雨はしとしと降っていましたが、強行突破です。先日の収穫祭で夏野菜はほとんど収穫しておりましたが、毎日次々となるミニトマト、ナス、そして初収穫のトウモロコシ、でっかいユウガオ、スイカとメロン(ちょっとまだ早かったようです・・・)等をゲットしてきました。
 お風呂はスパガーデン。履いていたパンツを厳重に緑のビニール袋にしまいます(これをしないと、また古パンツを履く輩が続出)。子ども達が一斉に入ると、他のお客さんに迷惑にならないように、お父さん先生達と一緒にゴシゴシとスポンジで洗ってやります。ふとよそ見していると、サウナ用の水風呂でギャーギャー騒ぐ男達。「こらあ!」と鳥号運転者の渡部さんが一喝。次に外のプールに突撃。結構深いので、私が真ん中に陣取ります。ここは狭いですが最高に面白いですね。ぴょんぴょんとジャンプしながら楽しんでいます。そろそろ上る時間がやってきましたが、みんな言うことを聞きません。「上れー!」、私の目いっぱいの大声でやっと我に返る子ども達でした。
 園に戻って若草バイキング。食事班の先生が一生懸命に作ってくれた料理に、すくすく畑で収穫した野菜も合わさって本当に美味しそう。モリモリ食べておかわり続出でした。食事の準備から後片付けまで、子ども達がグループ毎に行いました。
 ふとん敷きでのはしゃぎようも微笑ましかったです。友達と一緒に寝ることの嬉しさが体中から出て、転げまわっていました。
 若草わくわくランドの「宝さがし」。「エイエイオー!」と雄たけびを上げ、いざ出陣。どこのコースもいろんな仕掛けが用意されています。私もビデオ撮影のため全コースを回りました。怖くて泣いてしまう子もいましたが、友達が励ましてあげ、勇気を振り絞り、みんなで園歌を合唱(絶叫)して進んでいました。最後に宝を見つけた時の喜びよう!泣いていた子も満面の笑みに変わっていました。
 真っ暗な中での「キャンドルサービス」。女神様より火を受け取り、次々と子ども達のロウソクに灯していきます。ここの場面はスナップ部のお父さんから撮っていただき、幻想的な場面としてUPできました。今日起こった様々な出来事を思い浮かべ、楽しさ、意欲、思いやり、勇気の気持ちを改めて心に刻みました。「ぼくたちの歌」を合唱するシーンに、お父さん先生も感動したそうです。(後日ビデオで確認できます)
 「ブラックシアター」で電飾画面がパッと点いた瞬間、「わー、きれい!」と感嘆の声が上りました。「金の斧、銀の斧」の物語を楽しみました。
 いよいよ就寝の時間です。「今日は楽しかった!」「おもしろいことばかりだった!」と、私の質問に輝くような笑顔で答えてくれました。早番のお父さん先生がお別れの挨拶をした時、「握手して!」と駆け寄る子ども達。素直に感謝の気持ちを出せるのだなあと感心しました。
 夜は、先生達は寝ないで子ども達のお世話をします。トイレに連れていったり、寂しくなった子に添い寝してやったり・・・。また、遅番のお父さん先生も外を見回り、子ども達の安全のためにがんばります。(私は・・・夜中二時すぎに撃沈してしまいました)
 翌朝早朝に起床。本堂でのお参りです。お坊さん達の読経に静かに聞き入ります。まだ寝足りない子もいたかもしれませんが、みんな真剣な顔で座っていました。私が修行時代の話をして、「どんなつらいことでも、仲間と励まし合うことで乗り越えられる」というような話をしたら、神妙な顔でうなづいていました。
 美味しいサンドイッチとサラダの朝食を済ませた後は、いよいよお帰りです。園長の挨拶で、「夏季保育の最初の挨拶で、園長先生が言った言葉覚えていますか?」と質問したら、「いっぱい食べる」「いっぱい絵本を読む」、「いっぱい~」・・・の声が。それ、終業式で言った言葉だよ・・・!?(本当は「自分のことは自分でする」「友達が困っていたら助けてあげる」でした・・・)。でも、あるお父さんから後で、「うちの娘が帰る時、荷物を持ってあげようとしたんだけど、『園長先生が自分のことは自分でするようにと言ってたから、最後まで自分で持つ』と言ってました」と聞いて、(わかってくれる子もいたかー)と号泣(?)。
 ともかく、この二日間で子ども達は確実に成長したと思います。友達のいっぱいいい所も発見できたと思います。送り出してくれたお家の方々、ありがとうございました。そして、活動を共にしてくれたたり、朝まで見回りしてくれたお父さん先生、子ども達の笑顔をいっぱい撮ってくれたスナップのお父さん、本当にありがとうございました。お疲れ様でした。

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KK牧場でカブトが羽化!

2007.07.20

 KK(カブト、クワガタ)牧場で、今年初めてカブトムシが羽化しました。子ども達に自然の環境で育ったカブトやクワガタを見せてあげたいという思いのもと、保護者の協力による牧場製作から五年、初めの二年ほどは順調でしたが、徐々に羽化率、長期生存率が減少してきました。幼虫が好む腐葉土や堆肥の維持、成虫の餌、日当たり、冬越え等の様々な問題がからみ、壁にぶつかってきました。
 自然の状態と言っても、ネットで囲っている牧場は、一般にカブトが好むクヌギやコナラの木々が豊富な雑木林とは程遠い環境です。無理に完全な自然に近づけようとしなくとも、現状でカブトにとって最適な環境を提供できればと思い、昨冬はコンポスト容器内で越冬させた結果、今回無事に成虫が羽化してきました。コンポストのおかげで気温の極端な低下も避けられたと思います。
 幼虫は、これからまだまだ羽化してくると思います。各保育室の幼虫も羽化し始めたので、夏休み中は牧場に集結させ、次世代の繁栄(?)に向けて頑張ってもらいたいと思います。
 牧場内で、子ども達が興奮しながらカブトを手にしている様子が、私にも十分伝わってきます。私がかつてそうだったように。
 昆虫の王様カブトムシを、これから毎日子ども達と見守っていきたいと思います。

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チーム若草幼稚園カメ、リレーの部で見事優勝!

2007.07.05

 六月十七日、恒例の「日本海トライアスロンおしんレース」が行われ、若草からリレーの部(十七チーム)に三チームが出場しました。
 朝八時半、号砲と共にスイムがスタート。大浜の海を、個人、リレー合わせて二百名の選手が二周泳ぎます。二十分すぎ、トップ集団が陸に上ってきました。何とチーム若草幼稚園カメの佐藤選手(たんぽぽ組)も、リレーの部四位の好位置で上がり、バイクパートの私(たんぽぽ組)につなぎます。予定外の上位に戸惑いながらも、順位を下げないように必死でペダルを踏みました。一方ヤゴチームのスイムは、おしん実行委員からの助っ人の丸藤さん、そしてオタマジャクシチームは阿部選手(すみれ組)。それぞれ見事に泳ぎ切り、ヤゴは池田選手(ばら組)、オタマジャクシは佐藤選手(すみれ組)のバイクにつなぎます。両者とも初心者でマウンテンバイクでの走行というハンデがあり、かなりきつかったようですが、最後までこぎ続けました。カメチームは二つ順位を上げ、総合二位でランの五十嵐選手(ぽっぽ組)につなぎます。この時点で十分以内に五チームがひしめく接戦。しかし駅伝経験者の五十嵐選手はすごいスピードで走り出すと、あっという間にトップを捉え、そのまま独走でゴールイン。何と二時間十四分二十四秒で優勝してしまいました。
 ヤゴチームもバイクからランの佐藤選手(かもめ組)につなぎ、オタマジャクシはスイムだった阿部選手が再びランで出場と、驚異的なスタミナを見せます。ヤゴの佐藤選手、日頃のジョギングの成果か堅実な走りを見せフィニッシュ。更にオタマジャクシチームも、以前から園児と交流していただいている武久さんの車椅子を押しながら、一緒にゴールイン!三チームがすべてゴールテープを切りました。
 表彰式では、二位の青森県の大学トライアスロン部の選手達が、「何で幼稚園のカメに負けたんだ」と昔話のウサギのように悔しがって、計測ミスではないかと確認に来るほどの大番狂わせでしたが、バリバリの学生チームに中年父ちゃんチームが勝ったのは紛れもない事実。金メダルをもらってニッコリです。
 優勝もすごく嬉しかったのですが、保護者で結成したチームがみんなで頑張ってゴールしたこと、応援に来てくれた武久さんも一緒にゴールできたこと、トライアスロンに参加して選手同士の結束が強まったのはもちろん、スタッフやボランティアの応援に励まされ、人の温かさに触れることができたことが本当の収穫だったのではないかと思います。
 よし、来年はクラス毎にチームを結成するぞ!父ちゃん、母ちゃん、集まれ! (シーン・・・)

 六月十七日、恒例の「日本海トライアスロンおしんレース」が行…続きを読む

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